文学におけるテーマの中で、宗教というのは切っても切り離せない要素を含んでいる。もともと、書というものが宗教書に限定されていて、為政者たちはその他の書物を排除しようとしたためかも知れない。世界最古の文学書が聖書と言われるのもそのためである。
遠藤周作もそんな宗教作家の一人であり、敬虔なクリスチャンである。その代表作は『沈黙』『海と毒薬』『深い河』などが挙げられ、いずれもキリスト教の影を深く帯びている。しかし、他の宗教作家と異なりその文学には神による救いではなく、人間そのものの本質にせまる命題が含まれているのだ。キリスト教を初めとする宗教の概念は、神の僕である人間としての位置づけを規定とする。しかし、遠藤周作の作品内においては、神は人間の作り出した形而学上の存在として人間の中に存在する思考として扱われているのだ。これは、すなわちキリスト教では異端とされることであろう。
日本という国において真のキリスト教は根付かないと言われている。その理由は、日本人が農耕民族であり、狩猟民族である西欧宗教の概念は根本的に異とされるからだ。日本における宗教学に関しては、機会があればまたこのコラム内で語りたいのだが、ともかくも遠藤周作自身におけるキリスト教の関わり方と文学観は、日本人的キリスト教であったことは確かである。
そのことが、彼の作品の文学性を高め、宗教学にまで発展した上での賛否両論を巻き起こしたのだった。彼が晩年その想いに苦しめられたことも、結果、文学の上ではよりテーマ生を深いものとしていくのであった。
彼の作家としての評価は国内のみならず、海外でも高い。小説『白い人』で芥川賞を受賞し、安岡章太郎、吉行淳之介らとともに第三の新人と呼ばれる潮流を生み出している。その後も精力的に活動を続け、後年ノーベル文学賞受賞候補にまで選出されるが惜しくもそれを逃している。
余談ではあるが、歌手の宇多田ヒカルは彼の『深い河』に影響を受け、同名の『ディープリバー』という曲を発表している。
どうせ人生の本質はつらく人間は孤独なぐらい百も承知している
どうせ人生の本質はつらく人間は孤独なぐらい百も承知している
だからそれだけ余計に明るく楽しく振舞おうという決心を私はこの十年間に持ち続け更にその気持ちを強くしている。
死ぬ時できればこう言いたい。
「いろいろやりました。やっぱり楽しかったなぁ。ではサヨウナラ。」
(足のむくまま気のむくまま、自分をどう愛するか より)
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| ■ 作家談義11「遠藤周作」 |
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【コラム】 読書三昧 |
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