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漫画に学ぶ男前 vol.53【へうげもの:古田織部】

第53回目となる今回は、「茶の湯」を軸に描いた異色の戦国漫画『へうげもの』の主人公・古田織部から男前を学んでいきたいと思います。




「へうげもの」はモーニングで連載されている、戦国武将・古田織部を主人公として描いた歴史漫画。


戦国時代を舞台にした作品には合戦などの「武」を主題にしたものが多いですが、「へうげもの」は茶道や茶器、美術や建築など、戦国時代に花開いた「美」や「数奇」からスポットライトをあてて同時代を切り取った異色の作品。


数寄についてだけでなく、当時の天下の動勢や戦国武将たちの生き様が作者・山田芳裕先生独特の豪快でコミカルな描写と緻密な時代考証によって描かれています。


生きておったという証が欲しうてたまらぬのだ
○オトコマエポイント

人間、生まれたからには歴史に名を残したいと思うもの。


歴史に名を残すということは世界が続くかぎり、その存在が忘れられることはありません。

しかし頂点を目指していた時には気づかないものが、力を抜いた時に見えてくるのも世の常です。


武人と数寄者の板挟みに苦しみ、心が疲弊した織部。

床の間の花瓶を飾る薄板に目をやると、どうにも薄板が余計な気がしてきます。


虚飾や無駄を排し、あるがままの美を尊ぶことこそ、侘び数寄の極意。


織部が無意識のうちに侘び数寄の何たるかを習得しつつある証拠です。


これにより織部は千利休に認められ、数寄者としての名声を更に伸ばしていきます。


仕事でも、上を目指すのも大切なことですが、たまには肩の力を抜いて、ゆっくりしてみれば新たな方向性が見つかるかもしれませんね。


宗匠ほどの御仁でも、蓋のごとく不完全なれば、人はみな不完全。


むしろそこが、おもしろきもの、だと。

○オトコマエポイント

織部の師である千利休がわびに己を失っていた過ちに気づき、彼の前で膝を折ったとき、織部が言ったセリフ。


「先日の宗匠の茶に招かれ……、それがしは己を卑下するのをやめ申した……。


宗匠ほどの御人でも蓋の如く不完全ならば人は皆不完全……。

むしろそこが面白いのだろうと」


割れて継いだ平蜘蛛の蓋を人間の不完全さに例え、人は不完全であるからこそ面白いと評します。


いつだって完璧を目指すのではなく、多少スキのある方が人はついてきてくれるもの。


他人の評判という外的な「箔」や無駄を削ぎ落としつつも、どこか親しみやすさを感じる…、そういった人物こそ「オトコマエ」といえるのではないでしょうか。


ひずむを待つでなく、自らゆがませるのだ!

○オトコマエポイント

開眼した織部は自分の数寄をさらに推し進め、信長の「箔」と利休のわびをくぐりぬけたものとしての感性を発揮。

完璧の中の作為的な穴、不完全ゆえの美、「人間の必死な劣情」こそが美しく、価値のあるものと見出します。


ある時窯場に赴くと、トラブルがあり歪んでしまった器を見つけ、その偶然さを面白く思うものの、いくつもそういった器が出来るわけではありません。

ならば、と力技で焼き上げる前の器を自ら歪ませる織部。

周りは驚愕の表情を浮かべますが、これこそが織部のやり方なのです。


今まではどこかで信長、利休の数寄をなぞっていましたが、ここから織部自身の数寄が生まれていきます。


織部の「型破り」が目覚めるシーン。

どんな物事であっても、基礎を積み上げてきたからこそ、確固たる自分の「道」を作り上げることができます。


今まで地道に研鑽を重ねてきたからこそ光る、まさに「オトコマエ」なワンシーンです。


まとめ
戦国時代を描いた漫画は数あれど、「茶の湯」や「数寄」にここまで寄せた作品は他にありません。

歴史解釈は、従来言われている幾つかの説を上手い具合に組み合わせたもので、作品のテーマに合わせて綺麗にまとめあげられています。




後につながる伏線が縦横無尽に張り巡らされていて、それを読み取るだけでも歴史好きにはたまらないはず。


ちょっとした歴史エピソードなど、知っている人はニヤリと楽しめる作品です。


茶道具や美術品関連の話もかなり出てくるので、ちょっとした話のネタにもできるかも?

皆さんも是非「へうげもの」で知識と教養を磨いた「オトコマエ」になってみてはいかがでしょうか。


へうげもの(1) (モーニングコミックス)





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